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実際に重要なのは、このような限界を具体的に見出す作業ということになろう。
なお、本判決に示された考え方によれば、地方税法が課税の根拠規定となるであろうが、しかし、このように「地方公共団体の課税権が法律の授権に基づくものであるとしても、地方税法のありかたとしては、地方公共団体に大幅な自主決定権を与えつつ、地方税法としては地方公共団体相互間の調整・統一の維持を目的とした大綱的な事項のみを規定することもありうる方向である」(水野忠恒・新条例百選201頁。この水野教授の指摘は、課税管轄権の調整メカニズムのようなものとして地方税法をとらえる点において、正鵠をえたものである)。逆に、本判決に批判的な立場に立つ場合であっても、地方団体の課税権を保障するために定められる地方税法の存在は認容され、国税・地方税問の調整に関する事項や、地方団体相互間の税源・税制の調整等の大綱的な事項に関しては法律で定めうるとされる(本件原告の主張)。
いずれにせよ、以上のように考えてくると、上の?の考え方と?の考え方の間には、基本的には程度の差が存在するだけということになろうか。そもそも、地方団体の課税権の固有性を主張するのであれば、上の?の考え方をとるべきなのかもしれない。
このように法的根拠の必ずしも明確でない(すなわち、見解の分かれている)地方団体の課税権を前提として、地方団体の課税権と、他の課税主体の課税管轄権との衝突について議論することは、かなり困難なことといえよう。したがって、課税管轄権という視点から、国際法的な検討をも行った上で、地方団体の課税権の根拠について明らかにする作業が不可欠になる。
この点については、従来、ほとんど無視されてきた点を考慮するならば、なおさらである。
5 地方分権という中央集権
ここで留意しておかなければならないのは、通常行われている地方分権論が、かなりの程度中央集権的な議論であるという点である。すなわち、中央の立場から国家の望ましい方向を決め、国をある方式で分断したら効率的になるというのは、強大な中央集権国家なしにはなりたたない議論である。地方分権を達成するためには、中央集権が必要となるという矛盾が存在するのである。
このような上からの地方分権に対して、地方団体の独立性を徹底的に認めながら中央中央集権を目指していくという方向も可能である。すなわち、国家以前に地方団体が存在するという点を受入れ、そこから生ずる様々な不都合を解消するためには、どうしたらよいかというように考えていく考え方である。
そして、歴史的な潮流は、むしろ、このような意味での中央集権にあったのではなかろうか。紆余曲折はあったものの、日本の歴史は、地方団体の存立の基盤を認めるという意味で地方自治を前提としながら、そのことが産み出す問題を取り除くために、地方団体の独立性とトレイドオフのかたちで効率性を増進させるための中央集権へとむかってきたのではなかろうか。日本の歴史を振り替えると、明治以前、江戸時代においては、地方は独立国の様相を呈しており、そのために非効率的なことが生じていた。たとえば、鹿児島県に他国の者が入国することは難しく、当時の日本人は、自らを、薩摩藩の人間、会津藩の人間というように考え、日本国民という観念さえもちえなかった。おそらく、日本国憲法の前身である明治憲法の起草者たちは、そのような状況が近代国家として日本が国際競争に勝ち抜くためには邪魔であると考えて、地方分権を打破し、中央集権国家をつくりあげたのであろう。それは、中央集権的な束縛が目的ではなく、日本全体を一つのユニットとして考え、内部的な障壁(すなわち、各地方団体が独自の権限を主張することによって起こりうる様々なフリクション)を、各地方団体を統合することによって解決しようとしたのである。そして、それがある程度の成功をおさめたからこそ、今の日本があるのである。日本国憲法における地方自治の保障が弱いとしても、そのことは実は良いことなのだと

 

 

 

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